在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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奇跡を起こそうよ

脳に損傷を負ったせいで、母は夢と現実の境目がわからなくなった。
倒れてから1年くらいはさまざまな妄想にとりかこまれてファンタジー世界の住人になっていた。
去年の春頃になってようやく妄想オンパレードはおさまった。

ところが今でもたまに、現実と妄想がごっちゃになることがある。
いや、妄想ではなく、願望といったほうが良いかもしれない。
 
願望 「こうなるといいな」
 ↓
希望 「なるかもしれない」
 ↓
妄想 「もうなった!」

という、なんともハッピーな夢をみて、願いが叶ったと信じ込んでしまう。
生まれつきスーパーポジティブな母ならではの思考(妄想)回路だ。

だけど今日のはちょっと違った。

リハビリ中のことだった。
麻痺した左腕をもみほぐしながら、母は言った。

「一人でいるときもね、こうやって自分で左手を揉んでるのよ。
 時々はバイオリンも弾いてるの。
 最初はちっとも動かなかったんだけど、ちょっとずつ頑張ってたらね、最近、すこーしだけ、弾けるようになったのよ。
 すこーしだけなんだけど、嬉しかったよ!」

へえ~そうなの、と私はてきとうに相槌を打つ。
またいつもの妄想だと。
一人のときにバイオリンを触ったことなんてないし、左手が動くのは一度も見たことがない。
母の左手では腕を上げてバイオリンを掴むことすらできないのだ。
こういう妄想は、なんだかたまらない。
あんまり聞きたくない。

だけど母は続ける。

「昔はなんでもないと思って弾いていたことが、今ではすっごく難しいの。
 でもね、辛抱づよく続けて、もし、前に近いくらい、弾けるようになったら、すごいじゃない?
 奇跡だよね?」

私は戸惑った。
・・・どこまでが妄想なのだろう?
母は、自分の左手が動かないことも、ぜんぜん弾けないことも、ちゃんと分かっている。
弾けたら奇跡だということも分かっている。
だけど、それを信じようとしている。

どう答えようか悩んでいたら、ダメ押しの一言。

「奇跡を、起こそうよ」

ああ、もうね。
なんかもう。
そういわれるとさ。
なんとかしてあげたくなるやん?
たとえ左手をバイオリンに縛りつけてでも。
奇跡を起こさなアカンと思うやん!

「そんなものありえない」という人には、けして奇跡は起こらない。
「不幸になるかも」と恐れている人のところには、けして幸せはおとずれない。
否定する気持ちからは、良いものは何もうまれない。

奇跡はかならず起きるし
幸せはかならずやってくる。


だから私は信じようと思う。
乗っかろうと思う。
母の奇跡の妄想に。
必ず弾けるようになると。

とりあえずは「二人バイオリン」に左手を参加させる方法を考えてみよう。

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