在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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「みんな違ってみんないい」の意味

母と2人で、妹が入所している施設へいってきた。
今日はクリスマスパーティが催される。
クリスチャンな施設なので、クリスマスパーティは一年で一番大事な行事であり、家族いっしょにすごす日とされているからだ。


(施設とは思えないほど本格的な料理もいただけます)

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施設には、うちの妹と同じように重度の身体障害をもつ人たちが50人ほど暮らしている。
本日のメインイベントとして入居者によるバンド演奏があったのだけれど、これがなんだか、壮観だった。
こんなすごいバンド聞いたことない!

どう書いたら誤解なくわかってもらえるだろうと、一生懸命、考えたけど思いつかなかった。
差別表現として受け止められるかもしれないけれど、まったく逆の意味で書いていることをご理解いただければと思います。

「みんな違ってみんないい。」
この言葉の真の意味を考えてみる。
本気で書いたのでちょっと長いです。




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「みんな違ってみんないい。」
この施設の人たちほど個性豊かな人々を私は知らない。
「みんな違って」感がハンパない。

先天性脳性麻痺の妹は、体が二つ折れになっている上、首がエクソシストみたいに真後ろまで曲がっている。
妹の隣りの人は、二つ折れどころか四つ折れになっている。
目がうつろで舌が出しっぱなしの人がいる。
顔がすごく大きい人がいる。
すごく小さい人がいる。
目の向きが違う人がいる。
自分の手をずーっとくわえている人がいる。
首の向きがそれぞれ違うほう向いてる。
顔や体がいびつに歪んでいる。

ビジュアルだけではない。
唸り声や呟き声、うーうーいう声、金切り声(これはうちの妹の声)。
目を閉じればお化け屋敷の効果音に使えそう(ごめんなさい)。

「みんな違ってみんないい。」
この言葉はすっごく重い。

うちの妹だって他の人だって、健常に生まれたかった・・・はずだ。
少なくとも、一度はそう思ったことがあると思う。
みんなと同じになりたかったはずだ。
走れるようになりたい
結婚して子供をうみたい。
ピアノの先生になりたい。
子供の頃、妹はそんな夢を語っていた。
物理的に不可能なことばかりだった。
誰だよ、夢は必ず叶うなんて安っぽいこと吹き込んだやつは。

今日、施設の一員として歌う妹の姿を初めてみた。
にこにこ笑いながら歌っていた。
幸せそうだった。
そしてそれは、みんな違ってみんないい、ではなくて、ある意味
「みんなと同じ」
だからこその笑みなのかもしれないと思った。

妹は生まれてからずっと、目立つ存在だった。
スーパーで買い物をしても電車に乗っても映画を見ても。
いつもいつも。
じろじろ見られてた。
もちろん、ほとんどが優しいまなざしだったけれど。
とにかくものすごく目立っていた。
あたりまえだろう。
ただの車椅子っていうだけじゃなく、二つ折れのエクソシストなんだから。
小さい子供とかたまにギョッとしてた。

そんな妹が、この施設では「普通」でいられるのだ。
だって、全員が普通じゃないから。
四つ折れの人がいたり舌だしてる人がいたり口にこぶしを突っ込んでいる人がいる中では、二つ折れのエクソシストはとくに目立つ存在ではない。

「みんな違ってみんないい。」
だけど
「みんなと同じ。」
も、悪いことじゃないんだ。
動物の本能として群れの中にいると安心するのだと思う。
中にいると守ってもらえるから。
目立たなければ攻撃されないから。
とくに日本人は「みんなと同じでないとハブられる」という不安を強く感じる民族だし。
妹はこの施設へ来て「みんなと同じ」になることができた。
群れに入ることができたのだ。
「ほかの人と違う」
という共通点をもつ仲間の輪の中に。

施設に入れるのは可哀そうだ。
家族を捨てるようなものだ。
責任を放棄するみたいだ。

去年、妹を入所させると決めてから、そういう後ろめたい気持ちが私の中にあったのだけれど、仲間の中で得意そうに歌う妹を見て、涙がでるほど安心した。
この施設に入れて良かったのだと、心底、思えたのだ。
妹が幸せそうだったから(きっと施設が良くしてくれるのだと思う。)

だからさ。

エクソシストでもべつにいいのです。
二つ折れでも四つ折れでも、なんでもカッコいいのです。
顔が大きかろうが小さかろうが
舌だしてようがこぶしをくわえてようが
首の向きが違ってようが顔が歪んでようが
皆さんそれぞれに輝いてたんです。
皆さん素敵なのです。
だって身体は一人一人違っていても、心のなかはみんなと同じ。
音楽を愛し人を愛し。
家族を愛し友達を愛する。
障害者も健常者も、何の違いもありません。
顔も体もそれぞれに。
違っているからこそ。
みんな違ってみんな同じ。
みんな違ってみんないい。

小さい頃の夢が叶えられないのは、健常者だって同じことです。
たとえ走れなくても、結婚できなくても、ピアノの先生になれなくても、
みんなと同じことが何ひとつできなくても!
幸せに暮らすことだけはできるのです。

クリスマスパーティのバンドは
『見上げてごらん、夜の星を』
を歌ってくれました。
「ささやかな幸せを祈ってる…」
本当に良い演奏でした。
妹がここで幸せに暮らしていくことを、私は星に祈ります。

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長文を読んで頂き、ありがとうございました。
もしも不快になった人がいたらごめんなさい。
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