在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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母と私とバイオリン

母はバイオリン弾きだった。
子供の頃から65才で病に倒れるその日まで、ずっとバイオリンを弾いていた。
母のバイオリンは優しいが勇ましい音色だった。
バイオリンの歌声は、母のもうひとつの声だった。

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ところが去年、脳出血のために左手の機能を全廃した。
左の肩から先はピクリとも動かず、バイオリンを弾くどころか触れることもできない。
母は歌うための声を失った。
いつもいつでも前向きで、病気になってもスーパーポジテイブな母が、一度だけ
 「私もうバイオリン弾けないかもしれない」
と泣いたときのあの顔が忘れられない。

それでも
 「リハビリには絶対にバイオリンが良い」
って、みんなが口をそろえて言った。
そりゃそうだろう。
命より大事なバイオリンなんだから。

病後はじめてバイオリンに触れたのは、リハビリ病院の病室で、理学療法の先生の前だった。
母は右手で弓を弾き、私が左手にかわって弦を押さえた。
2人がかりでキラキラ星を弾いた。
母は元気に勇ましく、タカタカタッタ、と弾いてくれた。
瞳がキラキラ星みたいに輝いていた。
それは感動的な光景だったと思う。

でもね。
母はわかっていなかった。
その時母は、妄想と現実の狭間に住んでいたから。
キラキラ星はちゃんと自分で弾けたし、昔みたいになんでも弾けると思いこんでいた。

退院後もときどきバイオリンに挑戦した。
だけどやっぱり分かっていなかった。
動かない左手を生徒だと思い、レッスンをつけている。
 「はい、1の指!2の指!サードポジション!」
半側空間無視のため、楽譜も半分しか読めない。
読めないことも理解してない。
リハビリどころかバイオリンを触った後は妄想が激しくなるばかりだった。
そんな母を見ているのが、私は辛くて、何か月もバイオリンから遠ざけてしまった。

そうこうするうちに1年が過ぎた。
この春から母は本を読むようになり、妄想は急激に治まっていった。
会話が成立するようになった。
自分の体が前と違うこと、歩けないこと、左手が動かないことも、ちょっとずつ理解できるようになってきた。

退院して1周年の日に、久しぶりにバイオリンを持たせてみた。


(練習用のスズキ。母が自分で音を調整できるようにアジャスターを付けてみた)

母はバイオリンの持ち方を忘れていた。

そういえば、退院直後からそうだった。
私が気づいていなかっただけで。
バイオリンって、肩とアゴで挟んで持つものなんだけど、それができなくなっている。
左肩が動かないから、だけじゃない。
半側空間無視のため、バイオリンの左側が見えない。
どこにアゴを置いたらいいかわからない。
教えても理解できなかった。

それで変な持ち方しかできなくて。
バイオリンの右側にアゴをのせていた。
生まれて初めて楽器に触った3歳児みたい。
ものすごくカッコ悪い。


でも、ま、いいか!


以前のように、私が弦を押さえた。
母が弓を弾く。
汚い音だったけどなんとか弾けた。
「あんた頑張ったねえ」
驚いたことに、ほめてくれた。

母は、私と2人で弾いていることを理解していた。
自分が弾けないことをしっかり理解できていた。
生徒がへたくそだと苛立ったり、妄想の世界に入っていかなかった。
そして楽譜も。
しょっちゅう間違ったけどギリギリ読めている!

すごい、と思った。
すごい進歩!
 「やったねお母さん!」
母より私のほうが喜んだ。
これからはちょくちょく練習をしようと思う。
・・・もう、辛くないから。


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