在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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私の闘い

母が家で暮らすにあたり、現在の寝室は車椅子では使えないので
 「お爺の部屋をつかおう」
ということになった。
今は使っていない10畳ほどの部屋。
トイレも洗面所もつくることができる。
最適である。

だが、今は使っていないというのは「部屋として」使っていないという意味で。
お爺の死後の数年間、母はここを
 『納戸』
にしていた。
置き場に困るものがあると
 「とりあえずおじいちゃんとこの『納戸』に入れとけば?」
大量の本、ベビーチェア、マンガ、CD、服、椅子、ペット用品、筆記具、通販で買ったきり開けてもいない謎の箱、アルバム、石鹸、懐中電灯が4つ5つ・・・。
大小さまざまなものが立体パズルのように詰め込まれ、足の踏み場もないというより「アリにの這い入る隙もない」ほどギチギチにモノが詰め込まれていた。
 「この部屋を使えるようにするのか・・・」
暗澹たる気持ちで片づけを始めたのが夏のはじめだと思う。
しばらく経ってから
 「見て!
  ちょっと片付いたよ!」
と、妹に送ってみせた写真がコレ。



この部屋の掃除は、まさに闘いであった。

まず500冊余りの本をブックオフに引き取ってもらった。
毎週10袋ずつぐらいゴミの日に出した。
妹のものやまだ使えるものは2階の納戸に押し込めた。
ホコリのアレルギーで顔が腫れた。
喘息も起こした。
それでも少しずつ少しずつ続けた。

朝は病院、夜は仕事、その合間をぬって片づけていたのでなかなかはかどらなかったが、夏の終わりにはすべての荷物を除けることができた。
業者さんに来てもらって、壊れた家具や家電を引き取ってもらった。



別の部屋みたいに広くなった!

だが、闘いはこれからだった。
納戸にしているあいだは分からなかったのだけど。
壁に触れるとネタネタしている。
柱もネタネタしている。
部屋のすべてがアメ色にくすんでいる。

 「ヤニだ!」

祖父母はそろってチェーンスモーカーであった。
そして病がちな年よりであった。
換気とかいう言葉もあんまり知らなかったと思う。
冬の日に閉め切った部屋で2人そろってモクモクやっていたのを覚えている。
おかげで部屋中がヤニ色に染まり、壁も柱もいまだにネチョネチョなのだ。

タバコなんてこの世から消えてしまえばいいのにと思った。
 
壁紙を替える余裕はいまのところないので拭くことにした。
すべての壁と柱と、そして天井も、できるだけ拭いた。
拭きまくった。
カーペットもカーテンもぜんぶ粗大ゴミにだした。

そして今日は、ワックスをかけた。



どうよ!
どうよこれ!
きれいになったよマジで!!!!
私がんばったよー!
ひとりでやったのよー!
誰かほめて!

思えば孤独な闘いだった。
毎晩毎晩、夜中まで、ときには朝までかかって、ひとりで働いた。
そしたら必ずアジャリがひょいと顔をだして
 「まだ寝ないの?」
ってききにくるのだ。
 「早く寝たほうがいいよ」
思えば心配してくれるのはアジャリだけだった・・・。
(オヤジは私が掃除してることも知らなかったと思う。興味なさそうだった)

来週からいよいよバリアフリーの工事が始まります!
あともう少し!

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