在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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在宅介護を始めて2年が経ちました

母の在宅介護をはじめて丸2年が経とうとしています。
誤解をおそれず、この2年の感想を端的に述べますと…

「意外にチョロかった」

でしょうか。
当たり前です。
母は要介護5こそもらいましたが、幸せなことにメキメキと回復してくれちゃったからです。
次の認定では3くらいになるのでしょう。
重度障害の妹には入所してもらいました。
私は現在も外での仕事はしていません。
・・・楽して申し訳ありません。

もちろん、ここに至るまでにはいろいろあったわけですが。
いや、今でもいろいろあるわけですが!
喉元すぎれば熱さ忘れる。
思い出そうとしても、笑えることしか思い出せません。
この2年。
私の介護生活は楽しかったです。
そして今現在も楽しいです。

苦しんでる方ごめんなさい。
つらい話を期待した方ごめんなさい。
そういう話は、まだ、要らない。
今はまだ。
だって、たったの2年だもん!
今楽しまないでどうするよ!

私の介護生活は始まったばかり(あ、妹は置いといて)。
まだまだまだまだまだまだ、これから。
介護はずーっと。
ずーっと続く。
そしていつかは終わってしまうんだ。
多分、今が一番幸せな時期なんだろうと思う。

母がワケわかんないこというのを一緒に笑い
ウンチが出たといって喜び
一緒にテレビみてご飯たべて
妹が帰ってくるたびに兄弟ゲンカしまくって。
これが私の幸せな日常。

たんぽぽ

2年前。
在宅介護にしようかどうしようか悩んでいるとき、年上の方から
 「自分を大事にしなさい」
といわれました。
 「自分の人生を大切に考えなさい」
と。

自分って何か。
自分の人生って何か。
言葉にするとよくわからなかったけど。

人生には無数の分岐点があって、無数の選択肢があって。
どちらに進むか一つ一つ自分で決めてきた。
逆らえない流れに流されることもあれば、選択肢すらなかったように思えることもあった。
でもそうじゃない。
今生きてここにいるってことは、全て自分で選んだ結果だ。
無数に分岐したパラレルワールドの中の、他のどれでももないここに、今ここにいること。

もう学校へは行かないと決めた通学路の先に、
桜が咲き誇る花のみちの先に、
鹿の鳴く山の頂の先に、
チョコレート工場の甘い香りのする通路の先に、
夕暮れのガラパゴス諸島の先に。
今ここに私は立っている。
私の道はここから必ずどこかへと続いていく。
この先、苦しくても辛くても、ちゃんとそれを覚えとく。

かっこいいアジャリ

同じことを、これまでもこのブログに何度か書いている。
これからも何度も書くと思う。
私の特技は迷子になることだから、迷子になってもちゃんと進めるように、道しるべを掲げておくのだ。

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とりあえず来年はウィーンへ行くぞー!

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6 Comments

POTE says..."どのような選択も"
尊重されるべき立派な決断です。

5年前、骨折による筋力低下の義父94車椅子と、脳梗塞後遺症左半身麻痺の義母84車椅子の二人を在宅で看ると告げた時、日ごろ温厚だった当時のケアマネ氏からもんの凄い剣幕で反対されたのを昨日のことのように覚えています。
結果、ケアマネ氏の予想通り、ひと月で体力と気力は尽き、心療内科のお世話になるわ、性格歪むわで大変でした。

でも、やらずに後悔するよりはやって後悔したかったですし、辛くて暗くて淀んで荒んだ毎日ではありましたが、どこかで、今が自分の人生の黄金期かもしれない、これほど自分が誰かに必要とされる時はないかもしれないとも思っていました。
(多分、大いなる勘違い 笑)

自分を大切にする、自分の人生を大切にする。
その忠告の言わんとする思いを痛いほど感じながらも、これほど手がかかるようになってしまった舅姑から手を引くことはどうしてもできませんでした。

(もっとも、ワタシ嫁なんでー、外に出た身だとか仕事があるとか言ってないで、実子ももっと協力しろよーとは今も思ってます)

人は迷うのです。
常に迷い、惑い、決めあぐね、ようやく決断し、それでもこれで本当に良かったのかと思い悩む。
自分の人生だからこそ、他者に任せることなく、うまく行こうと行くまいと自分で決めて、その結果を自分で受け止め、そうして進んでいきたいですね。
2015.09.22 23:13 | URL | #.5Qwvuhc [edit]
よこ says..."楽しい介護、私も目指します‼︎"
介護生活を楽しいと感じられる…、本当に素晴らしいことだと思います。羨ましいo(^_^)o
そう思っていないとやっていられない、だからなんだ‼︎って、笑うしかない‼︎、って、そんな部分が私にはあります。障がいを持った子供が生まれて、それを受け入れた母親や父親は、山あり谷ありの子育てをやっていくうちにたくましくなり、常に笑顔でいる。私の母親もそうだった。私も今、そんな人生を受け入れて、笑顔になる途中なんだと、そんな風にブログを読ませて頂いて感じました。
父親の介護は、母親の介護とはちょっと違うのかもしれません。父親は厳格で融通がきかない、頑固者だったので、昔からなんとなく近寄りがたい存在でした。父も私に介護されるのに抵抗もあり、ギクシャクした感じで。最近はようやくそんな関係にも慣れてきた感じです。
あと何年続くかわからない介護生活なので、楽しくやらなくとですね。参考になります(^_^)v
さて、弟は2年近くの時間をかけてグループホームを探し、入居して1年がたちます。でも、さすがグループホーム。週末、祝日、年末年始は自宅で過ごす。風邪をひくと、他の利用者に移ると困ると自宅に帰って来る。ということで、家にいてばかりです(T_T)
2015.09.23 10:39 | URL | #- [edit]
しょう says..."だださんバンザイ!"
数え切れないくらいの分かれ道を越えてきたけど、
振り向けば一本の道がきっとこっち向いて笑ってるはず^ ^
自分の人生、自分が肯定してあげなくてどうする!ですよね
2015.09.23 20:36 | URL | #LMs.iqQA [edit]
だだ says...">POTEさん"
ありがとうございます。
POTEさんは尊敬すべきお嫁さんですね…頭が下がります。
本当によく頑張られたのですね。
ある意味人生の黄金期は勘違いではないと思いますよ。

>人は迷うのです。
そうなんですね。
どんな決断をしても悔いのない人生なんてきっとないのでしょう。

私は介護はともかく看取りは祖父しか経験がありません。
これからしんどいことが山のようにやって来るのだろうと思っています。
それでも、どんな結果に終わろうとも自分の選択を大事にしていきたいと思います。
2015.09.23 22:30 | URL | #- [edit]
だだ says...">よこさん"
うちの母も、障害児を育てながらずーっと笑って、ずーっと楽しんでいました。
人生楽しんだもの勝ちなのよといって。
だから私も、母と一緒に楽しみたいと思っています。
いつかは看取りの段階になるわけで、そう考えると「楽しめるのは今しかない!」って気がします。(切実)
だからウィーンへ行くのです。

父親と母親では勝手がずいぶん違うのですね…。
被介護者の性格によって大きく左右されるところがありますよね。
うちも父とは折り合いがあんまりよくないので、これを介護するのは面倒くさいなと今から心配しています。

弟さんのグループホームの話、よくわかります!
うちの妹も半年ほど利用していましたが、同じように週末やら風邪やらでしょっちゅう帰って来るし、呼び出しも多いし、…それで結局は入所施設にしたんです。全ての面倒をみてもらえるので完全に私の手を離れ、今は月1回か2回の帰宅で済んでいるので本当に助かります。
グループホームも365日24時間やっててもらいたいものですよね…。
2015.09.23 22:44 | URL | #- [edit]
だだ says...">しょうさん"
ありがとうございます!
そうそう、人生を振り返ったときに後悔することはあっても否定はしたくないですね。
たとえ間違ったり失敗したとしても、その間違いや失敗の上に今の自分があるわけですから。
2015.09.23 22:47 | URL | #- [edit]

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