在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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誤報、妄想、あるいは引き寄せの法則

日本人2人がイスラム国の人質となっている事件。
シリアやヨルダンやトルコといえば、私もかつて旅した国だ。
家でもいろいろ話をするし、ずっとニュースで流れているから気になっていたのだろう。
母が、デイから帰ってくるなり、興奮した様子でこんな話をした。

「イスラム国に誘拐されてた人、ついに解放されたんやねえ。
 よかったねえ!」

え!マジで!?
そんなニュース知らないけど…。
ほんまやったら凄いやん!
と驚いて調べてみたけど、1月31日現在、どこにもそんなニュースはない。
お母さん、それ聞き間違いじゃないの?

「そんなことないよ! さっきニュースでやってたもん!
 施設でみんなでテレビを見てたら、そういうニュースがあってね。
 『よかったねえ、よかったねえ』
 ってみんなで泣いて喜び合ったの。
 だから絶対ゼッタイ、本当やよ!」

それからすぐに夕方のニュースが始まったけど、やっぱりそんなニュースはない。
どこの局も難しい顔で
「膠着状態」
「依然、人質の安否はわからず」
としか言わない。

夢でも見たんじゃない?
それか別のニュースを聞き違えたんだよ。
「そうなのかなあ。
 じゃあ、みんなは一体、何を泣いて喜んでたのかなあ」
母は首をひねっている。

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また、いつもの妄想だと思う。
願いが実現した、という妄想。
だけどもしかしたら、デイのおばあちゃんたちみんなで妄想を見たのかもしれない。
そして「引き寄せの法則」が本当にあるのだとしたら。
おばあちゃんたちは、妄想を信じる力で、良いニュースを引き寄せようとしているのかもしれない。

ハマの花
(春のシリアは花畑だった)

妄想でも魔術でもなんでもいいから。
旅人に優しい人たちとおいしいお菓子のあるシリア、あの美しい国に早く平和がおとずれますように・・・。


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寒い日にはパイを

雨だ。
氷雨だ。
・・・・・・・・・寒い!
 「家から一歩も出たくない」
と母が言う。
そのくせ
 「ヒマだー!」
騒いでいる。
困ったもんだ。

仕方がないからお菓子でも作ろう。
冷凍のパイシートでパイを焼こう。

カスタード。
チョコレート。
リンゴ。
バナナ。
 「柿も!」
えっ?
 「柿も入れて! ね! 入れてみよ!」
え・・・・。
柿のパイ・・・・。

パイ
(相変わらず見た目は無視)

小さなパイをいくつも焼いた。
カスタードパイ。
チョコパイ。
アップルパイ。
バナナカスタードパイ。
柿は・・・イマイチだったけど。

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外は雨。
寒い一日。
だけど家の中はファンヒーターでぬくぬくで、焼きたてのパイはあつあつで。
ささやかな幸せの一日でした。


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奇跡を起こそうよ

脳に損傷を負ったせいで、母は夢と現実の境目がわからなくなった。
倒れてから1年くらいはさまざまな妄想にとりかこまれてファンタジー世界の住人になっていた。
去年の春頃になってようやく妄想オンパレードはおさまった。

ところが今でもたまに、現実と妄想がごっちゃになることがある。
いや、妄想ではなく、願望といったほうが良いかもしれない。
 
願望 「こうなるといいな」
 ↓
希望 「なるかもしれない」
 ↓
妄想 「もうなった!」

という、なんともハッピーな夢をみて、願いが叶ったと信じ込んでしまう。
生まれつきスーパーポジティブな母ならではの思考(妄想)回路だ。

だけど今日のはちょっと違った。

リハビリ中のことだった。
麻痺した左腕をもみほぐしながら、母は言った。

「一人でいるときもね、こうやって自分で左手を揉んでるのよ。
 時々はバイオリンも弾いてるの。
 最初はちっとも動かなかったんだけど、ちょっとずつ頑張ってたらね、最近、すこーしだけ、弾けるようになったのよ。
 すこーしだけなんだけど、嬉しかったよ!」

へえ~そうなの、と私はてきとうに相槌を打つ。
またいつもの妄想だと。
一人のときにバイオリンを触ったことなんてないし、左手が動くのは一度も見たことがない。
母の左手では腕を上げてバイオリンを掴むことすらできないのだ。
こういう妄想は、なんだかたまらない。
あんまり聞きたくない。

だけど母は続ける。

「昔はなんでもないと思って弾いていたことが、今ではすっごく難しいの。
 でもね、辛抱づよく続けて、もし、前に近いくらい、弾けるようになったら、すごいじゃない?
 奇跡だよね?」

私は戸惑った。
・・・どこまでが妄想なのだろう?
母は、自分の左手が動かないことも、ぜんぜん弾けないことも、ちゃんと分かっている。
弾けたら奇跡だということも分かっている。
だけど、それを信じようとしている。

どう答えようか悩んでいたら、ダメ押しの一言。

「奇跡を、起こそうよ」

ああ、もうね。
なんかもう。
そういわれるとさ。
なんとかしてあげたくなるやん?
たとえ左手をバイオリンに縛りつけてでも。
奇跡を起こさなアカンと思うやん!

「そんなものありえない」という人には、けして奇跡は起こらない。
「不幸になるかも」と恐れている人のところには、けして幸せはおとずれない。
否定する気持ちからは、良いものは何もうまれない。

奇跡はかならず起きるし
幸せはかならずやってくる。


だから私は信じようと思う。
乗っかろうと思う。
母の奇跡の妄想に。
必ず弾けるようになると。

とりあえずは「二人バイオリン」に左手を参加させる方法を考えてみよう。

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