在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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なんのために弱者を守るのか、という話

昨夜、ネットで素敵な文章を読んだ。
先日の惨い事件からずーっとモヤモヤしていたものの答えがここにあった。

 「弱肉強食が自然に理なのに、どうして現代社会は税金をつかって弱者を生き延びさせるのか?」

という質問に対する答えだ。

私なりにまとめるとこんな感じだろうか。

人間は、仲間と助け合い協力することで繁栄してきた。
生活が豊かになればなるほど、文明が高度になればなるほど、弱い人たち、障害をもつ人たちを守るようになった。

なぜ弱者を守るようになったのか?
それは、自然に適応するためだ。

自然環境は変わるものだ。
氷河期がきたり、温暖化したり、隕石が落ちたりしてどんどん変わっていく。
その変化に耐えられた種族だけが生きのびることができる。
適応できない種族は滅ぶ。

そんなとき、いろいろなタイプの人がいれば、生き延びる可能性が上がる。
だから人類はできるだけたくさんの仲間を守り、いろんなタイプの人たちを守り、数を増やすことで、生き延びる可能性を上げようとしているのだ。
だって現代では障害者と呼ばれたり、マイナノリティとされている人たちが、遥か未来では健常であり多数派になっているかもしれないじゃないか。


弱者を守ることは、人類の選択だ。
優しさは、人間としての本能なのだ。


「みんな違って、みんないい。」

それは自然の理だった。

原文はYahoo知恵袋
ほんとすごく良い文章なので、モヤモヤしている方には是非おすすめです。


昨夜は猫2匹が私のベッドを取り合いして眠れませんでした…
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今日の猫写真。
私の寝不足の原因。

謎の寝相

起きた

シシィ姫が部屋を脱走する原因がわかりました。
サンジ兄ちゃんが扉をあけてくれちゃうからです…ダメだ、もう…。


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バリアとは

最近、よくお邪魔するブログさんがある。
車椅子で世界一周をしている男性のブログ「車輪と音楽の旅人」。
めっちゃおもしろい。

車椅子だけど野獣と呼ばれちゃうくらいタフな人で、旅行中に車椅子の車輪が折れちゃったときでさえ
「折れたもんはしゃーない」
「こんなの最悪でもなんでもない」
なんなんだこの強さは!

その中に(私にとっては)衝撃的な記事があった。
アムステルダムの記事だ。
西ヨーロッパだしバリアフリーが進んでそう、と私も思っていたのだけれど、全然違ったらしい。
予約していたホテルに行ったら
「車椅子だから泊められない」
と宿泊拒否。
何軒まわっても全部拒否。

段差があっても手伝ってくれない。
乗り物にも乗ることができない。
階段なのにどうやって行けばいいんだっていったら「知らんがな」って言われちゃう。
街のひとたちは、たとえ親切そうに声をかけてくれたとしても
 「あ、めんどうくさそう」
と判断したらさっさと立ち去ってしまう。
誰も振り向いてはくれない。
二十人以上に話しかけたがすべて同じ反応だったという。
おっそろしいなオランダ。

バリアフリーの「バリア」って、階段があるとかそんなことじゃないんだ、きっと。
バリアとは、自分とは違うところのある人たちを、ちゃんと見ないこと、考えないこと、避けること。
シャットアウトしてしまうこと。
心の壁のことなんだと思った。
・・・ここまでくると、考え方の違い、といえるのかもしれないけど。

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日本はどうだろうか。
自分自身はどうだろうか。
考えてしまった。


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「いじめ」「万引き」という言葉の罪

今やってる朝ドラ『ととねえちゃん』で、ヒロインの常子が3つの目標を掲げる場面があった。
 「家族を守る」
 「妹を嫁に出す」
 「家を建てる」
3つの目標は部屋の目立つところに貼りだされ、折に触れ映し出されることで、ヒロインの決意を表すことになる。
悪戦苦闘はするけれど、彼女はきっと達成するだろう。

言葉の力は大きいと思う。
強い言葉には強い力が宿る。
不安な言葉はさらなる不安を呼びよせる。
鋭い言葉は刃となって人を傷つける。

言葉は、その魔法の力で、ものの見かけを変えることもある。

たとえば「万引き」。
思春期の子供がゲーム感覚でやっちゃうもの。
いい年こいた大人がストレスのはけ口としてやっちゃうもの。

 「たかが万引き」

って…

窃盗やん。
泥棒やん。
犯罪やん!

本当は犯罪なのに。
消しゴム1個でも犯罪なのに。
「万引き」と名付けてしまい、その言葉のために罪悪感が薄らぎ、軽く扱われてしまっているように思う。
夥しい万引きのせいで個人商店がつぶされているというのに。
「万引き」って言葉はもう使うの止めたほうがいいと思う。

「いじめ」もそう。
「弱いものいじめ」っていう言葉や「いじめる」という言葉は昔からあったけど、「いじめ」という名詞になったのはわりあい最近だという。
その名詞ができたころは
「たかが子供のいじめ」
とう雰囲気だったのかもしれない。
いじめっ子のジャイアンがのびた君をいじめるみたいな。
その時代の残り香が今もかすかに語感の中に漂っているのを感じる。
「いじめ」
という言葉の中に。

でも、違うよね。
今のいじめはえげつないよね。
バンバン子供自殺してるやん。
「いじめ」なんて言葉で片付けていいのか。

子供どうしでも。
悪いことは悪いはず。

人を殴って傷つけたら、暴行、傷害。
カツアゲしたら、恐喝、強盗。
「チクったら殺す」は脅迫だし、上靴を捨てたら窃盗になるんじゃない?
教科書やノートの落書きは器物損壊罪。
「死ね」といったら、自殺教唆罪。
(いや、法律のこと全然知らんけどな!)

こんなものに「いじめ」なんて、平仮名の可愛らしい言葉を使ってる場合じゃなくない?

「万引き」という言葉がうみだす罪悪感の緩和。
「いじめ」という言葉がかき消してしまう惨たらしさ。

言葉は変わっていくものだ。
「脱法ハーブ」が「危険ドラッグ」に変わったように。
何かもっと強面な言葉を与えるべきなんじゃないだろうか。

「君のやってることは犯罪だ」。
それを分からしめるもっと強い言葉を、この社会はつくっていくべきなんじゃないだろうか。

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追記。
忘れてた本日の猫写真。

まじめ顔

ちょっと前に百均で買ってきた猫じゃらし、早くも食いちぎられそうです。


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