在宅介護しながらウィーンへ行く(行った)ブログ 猫とビターチョコレート

40代独身、介護離職してお金はないけど、車椅子の母を連れてウィーンへ行きました。
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悲劇のヒロインになっちゃダメ

サスペンスドラマを見ていたら。
被害者の人生が語られる場面があった。

『30代から母親の介護におわれ、恋愛も結婚もなく、友達もおらず、介護が終わってみれば全てを失っていた』


 「悲惨ねえ」
シーンと静まりかえる主人公たち。
母親が亡くなったとき彼女は半狂乱になったそうだ。
生きている意味を失くしてしまったと。

おいおいおいおいおい、ちょっと待て。

一瞬ものすごく身につまされちゃったけど、よく考えてみれば、それはどうなんだろうと思うフシがある。
恋愛やら結婚やらはよくわからんが。
友達がいないのは介護に関係なくない?

介護始めちゃったら、そりゃ遊びにいけないし、若ければ若いほど友達と話が合わなくなるけれど。
私はいまのところ介護が原因で友達をなくしたことはない。
むしろ、いつも助けてもらっている。
泣きごとを聞いてもらっているし。
たまにはランチにも行く。
今の私には仕事もお金もないけれど。
友達だけはかわりなく。
むしろ昔以上に、友達は、大切なものだと思い知らされる。
介護って一人では絶対にできないからだ。
・・・みなさん、いつまでも仲良くしてくださいませ。

それに介護者は介護だけに生きてはいけないと思う。
いくら親子でも。
親子だから。
人生を捧げてしまってはいけない。
お母さんのために生きる!
なんて麗しく思えるのかもしれないけれど、それはただの依存だ。
少なくともうちの母はそんなこと絶対に喜ばないだろう。
自分の人生を生きなさいと叱るだろう。

介護が終わったとき。
ドラマに出てきた彼女は、すべてを失くしたのではない。
共依存という鎖から解放されたはずなのだ。


本日の猫写真。
私がブログを書いているとき、サンジは伸びあがって私の袖をひっぱり、何度もせがんできます。

ごはんにゃ

ごはんはさっきあげたでしょ!

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ちなみに昨夜、妹は4時間つづけて眠ってくれました!やったー!


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徘徊対策のGPSシューズで思い出したこと

テレビで「GPS付きの靴」を特集していた。
認知症の徘徊対策なのだそうだ。
同じような試みでお守り型とかアクセサリー型のGPSもあるらしい。
 「いろいろ作ってるんだねえ」
母は感心する一方、
 「でも、これは持ち歩いてなかったら、意味ないね」
と話した。
認知症の人が徘徊するとき、靴を履くとは限らない。
お守りだって持っていないかもしれない。

かつて妹の知人が行方不明になって大騒ぎになったことが何度かあった。
重い知的障害をもつ人だった。
若い男の子。
とにかく動きがすばやくて、一瞬目を離しただけでもずーっと遠くまで走っていってしまう。
両親やヘルパーさんが必死で追いかけていた。
まるで鬼ごっこのように。
 「あの子の介護は体力がいるからヘルパーさんも若い人にお願いしている」
という話も聞いた。
そして鬼ごっこの末についにはぐれてしまい、行方をくらました。

彼がいなくなったとき、私の母を含め障害児をもつ親たちがみんなで必死になって捜索した。
みんな他人事じゃなかったから。
明日は我が身だと思うから。
必死だった。
家族の不安は1秒ごとに1分ごとに募っていく。
もしかしたら事故に遭っているかもしれない。
もしかしたらケがをしているかもしれない。
もしかしたらどこかで身動きがとれなくなっているのかもしれない。
もしかしたら誰かを傷つけているかもしれない。
今頃あの子はどんなに心細く途方にくれているだろう。

そんなとき、親の一人が
 「うちの子もいついなくなるか分からない。GPSを埋め込んでもいいから、子供たちの安全を確保できないものかしら」
と呟いたという。
GPSチップの話は何年か前に誰か大臣が口走り、非人間的だと非難を浴びていた。
だけど介護している人たちは、家族は、それだけ切実だということだ。

幸い、いなくなった男の子は見つかった。
どうやってか分からないが電車に乗り込み、びっくりするほど遠くの県で発見されたという。
・・・でも、その子だけじゃない。
いまだに見つかっていない子もいる。


本日の猫写真は、ぼろぼろキャットタワーにたたずむサンジ君。
ぼろぼろ
フェルトを貼りなおそうと思ったこともあったけど、面倒くさくて結局そのまま。
ほとんど幽霊屋敷の趣です。
そろそろ新しいのを買ってあげたいなあ…。

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迷子対策、小さくてどこにでも貼ることができる、ピップエレキバンみたいな形状のGPS(お名前タグでもいい)が開発されたらいのいなーって私は思います。
命を守るために。


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障害児のきょうだいって難しい

ふとしたことで、若い頃の友達を思い出した。
その子には知的障害をもつお兄さんがいる。
私には重複障害をもつ妹がいる。
彼女と私は趣味はぜんぜん違ったけど、障害児の兄弟がいるということで話があった。
愚痴が似ていた。
 「お母さんがいつも走り回ってて家にいない」
という愚痴だ。
障害児の母というものは、それはそれは忙しい。
病院とリハビリ通いに加え、我が子が生きていくための道筋を一から十まで整えてやらなくちゃいけないからだ。
自然、健常児の兄弟はわりと放ったらかしになる。
放ったらかしでも死にはしないから。

私はそれでも平気だったのだけれど、彼女は違った。
かなり拗ねてしまっていた。
そして兄を恨んでいた。
兄のせいでイジメを受けたことがあるらしかった。
それも何度も。
なのに両親はお兄ちゃんのことばかり可愛がって。
何かあるたびに
 「お兄ちゃんをみてて」
とアテにされるのも嫌だった。
 「お兄ちゃんのことは嫌いじゃないよ。優しいし。でも、あんなお兄ちゃんいなければいいのにって本気で思うよ」
腹の底から絞り出すように呟いた言葉が生々しく、私には衝撃的だった。
 「あなたなら分かってくれるよね?」
そう言われても。
分からなかった。
私は妹がずっと可愛かったし、いてくれて全然かまわないからだ。

それが最初の体験で、そのあと同じような告白を別の人から何度か聞いた。
障害は知的だったり精神だったりその両方だったりした。
彼らに共通することは、障害者をもつ人の弟・妹であることだ(偶然かもしれないが)。
彼女たちは幼い頃から「兄姉の介護から逃げ出したい」と強烈に思っているようだった。

もちろん障害者の兄弟はいろいろで、たいていは私なんかよりずっと優しく接していたし、うちよりも仲良しの兄弟だ。
介護関係の仕事に進む人もけっこういた。
だけど時々思い出す。
みんな大人になって、兄弟関係はどう変わったのだろうかと。
…あの子は今、どうしてるんだろうなあ…。


本日の猫写真。
巨大肉球をフンフンしているサンジ君。

これなあに?

肉球型のお菓子です。
食べてみたいというのでちょっとあげました。
おいしかったみたいです。

来週はまた妹を迎えに行きます。
風邪治ってるといいな…。
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